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ほんのり思い出話

・ちょっくら昔話します


、箱戦時代

アホなヤードさんでも入学できる高校はあった!!ってな訳で他の方々より早く合格通知をもらい意気揚々としながら軍装サイトをあさっていると箱庭戦闘国家に出会った次第。

扶桑さんやルフトさん、富士ガリバー王国さん、そして我等が専守さんや三洲さん日照さんに東州さん、それに会長さん(当時のヤードさんは大日本さんと呼んでいた)という騒然たるメンバー、今見てもヤードさんはいい時期にこの箱庭にめぐり合ってよかったと心の中で思うのでした。
当初建国し色々あって落ち着いたのがチェチェン・ロシア連邦共和国という今考えれば「どたま大丈夫ですか、おたく?」的な国名ですが、当の本人はいたってまじめでした。何だって建国するまで三日間ROMり続けたんだもの。
そうこうしているうちに動く火薬庫こと会長さんが宣戦布告された!どういった経緯で始まったのは六、七年ほど前なので覚えていない、覚えていることといえば当時は合いも変わらず社会主義国家をやっていたことと三洲さんや日照さん、東州さんと共に連合国に対し対立し戦争が勃発していたということだ。
対するは扶桑さんやルフトさん、富士ガリバー王国さんそして今では考えられないが専守さんとも交戦状態に入っておりました、箱国や他箱で色々とつるんでいたなか、これがたぶん唯一の専守さんとの戦争だったかもしれません。またもう一つ注目する点といえばやはり三洲さんと同盟を組んでいたということでしょう。因みにこの大戦が終わった後も会長さんと三洲さん(当時の箱戦では同盟は二カ国まで)と同盟を長い間築き続けておりました。今考えて見ると実に不思議な光景です。

次回は「箱国は怖かった」編につづくかもしれない。
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